ニュー・ミヤケ・パラダイス

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日本で一番ブラックバスが釣れる場所はどこか。皆さんだったらどう答えるだろうか。琵琶湖と答える人もいるだろうし、写真すら隠したくなるような秘密の場所を思い浮かべる人もいるだろう。

そもそもバスが沢山釣れる釣り場とはどういう状態の場所のことを言うのか。裏を返せばどういう状態になってしまうと釣れない釣り場となってしまうのか。この点、私はおおまかに2つの類型があると思っている。

1.個体数が豊富

2.極端に餌が少ない

上記2の場合は一見すると内水面での魚釣りには不向きなようにも思える。しかし、それまでブラックバスが生息していた場所で何らかの事由が生じ突然極端に餌が減った場合、当然魚は飢餓状態となり水中へ投じられるルアーなり餌なりフライなりに貪欲に反応することになるだろう。よって、結果的に釣り人から見れば「釣れる」状態となり得ることが考えられる。私自身の体験としても、古くからバスが釣れるダム湖にて、工事の為9割近くの水が抜かれ元の水準まで水位が復帰した後に驚くほどバスが良く釣れたことが過去にあった。この場合では生き残ったバスが飢餓状態となり、警戒心をかなぐり捨ててでも水中に投じられた何らかに対し捕食行動をとったのだろう。ただし、この場合その場所が永らく「釣れる」場所であることを維持することは難しい。元来バスはそれなりに警戒心が強い魚であるから、そんな魚が警戒心をかなぐり捨ててでも採餌行動をとることはその行動自体にかなりの肉体的な負荷がかかることは容易に想像できる。そしてその結果捕食できたものが釣り人の仕掛けであった場合リリース後にその魚が辿るであろう結末は言わずもがなである。結果、慢性的に餌の少ない状況が続いた場合、魚は飢え、個体数も減る一方となるだろう。

となるとやはり安定的に「釣れる」場所である為には、1.個体数が豊富であることが求められるはずだ。これはもちろん主にバスの絶対数が多いということを示すが、個体数に対する釣り人の数が少ない、ということとも同義である。例えば琵琶湖は全国どこのフィールドよりも釣り人の数が多い場所だが、ここ数十年安定して比較的釣れる場所としての地位を維持している。逆に小規模な溜池などバスの個体数が大型湖と比べると著しく少ない場所でも、そこを訪れる釣り人の数が極端に少なければ釣れる場所となり得るだろう。しかしそのような場所に仮に琵琶湖と同じ数の釣り人が訪れたら一瞬で釣れない場所へと変貌してしまうことは想像に難くない。ルアー釣りは餌釣りに比べ、魚に対する刺激が大きい釣りである。その為、ルアーを見慣れていない魚に対してはその効果は覿面であるが、その刺激の強さ故に飽きられてしまう(=スレる)のも早い。

よって、結論として最もブラックバスが釣れる釣り場というのは、フィールド比の個体数が豊富であり、フィールド比で釣り人の数が極端に少ない場所となる。だがしかし、そんなパラダイスのような場所がこの時代にあるのだろうか。交通網も発達し、釣り人の絶対数も増え、SNS等で情報も仕入れやすくなったこの時代に。根本的に頭のおかしい釣り人という人種ですらそうそうたどり着けないような場所にある内水面が…あるんだな~、これが。

 

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3月19日、時刻は21時。私はウェーダーの入ったクソ重スーツケースとロッドケースを持って東京都は竹芝桟橋にいた。この近辺はシーバスのメッカでもあるが今回この場所を訪れた目的は釣りではなく乗船である。これから私は同日22時30分発の東海汽船運航の橘丸3400便にて東京都へと向かう。約6時間30分の船旅である。出発地は東京都港区。目的地は東京都三宅村

初めて三宅島を訪れたのは3年前の秋であった。当時、旅ジャンキーだった友人が突然調布飛行場を利用したいと言い出したのだ。普通の人の思考回路は、あくまでも旅が目的であって移動は手段である。しかし、私も含めたこの種の旅ジャンキーは移動手段そのものが旅の目的となることもしばしばであった。調布飛行場に就航している定期便は新中央航空が運航する伊豆諸島便であることから、調布飛行場を利用するとなると必然的に目的地は伊豆諸島のどこかとなる。元々そこまで行きたい場所もなかったし、調布飛行場を利用することにもあまりそそられるものはなかったのだが、就航便の機材がDornier Do 228だと分かるなり私は話に飛びついた。ドルニエ機なんてそうそう乗れるものではない。というか日本で飛んでたんだ…驚きと同時に、大戦期のDornier Do 335好きとしては断る理由はなかった。問題は目的地である。フライト時間を考えるとせっかくなので伊豆大島より南へ行きたい。かと言って神津島御蔵島等は滞在のレギュレーションを考えると色々と面倒くさい。せっかくだから離島で釣りもしたいな、色々と考えながらGoogleと仲良くしていると「三宅島 バス釣り」という興味深いサジェストが目に入った。伊豆諸島の中でも三宅島は比較的名前が良く知られた場所だと思う。そして恐らくそれは2000年に起きた雄山の噴火、全島避難、そして2005年の住民復帰などをニュースで目にすることが多かったからだろう。三宅島は東京都から約175km、伊豆諸島の中で最も本州に近い伊豆大島からでも南57kmに位置する立派な離島である。そんな大海原ど真ん中の島に何故ブラックバスが…?というか釣りできるような淡水あるの…?当然疑問に思った当時の私はあれこれ調べた結果、島最大唯一の淡水池である大路池という場所にブラックバスがいて、それはそれはこの世の天国のように爆釣爆釣&爆釣であるという伝説を知った。当然釣り場に関する理想郷伝説なんて120%割引で考えるべきであるが、更に詳しく調べてみると、ここに生息するブラックバスは既に1970年代には繁殖していたこと、わざわざ島に訪れる釣り人は海釣り目的の為ほとんどバス釣り目的の釣り人が入っていないらしいことが分かり伝説の信憑性は-5%程度にまで上昇した。実際、参考にしたブログ等の記事を読んでも、海釣り目的で島を訪れ手慰み程度にバス釣りをしてみたら釣れてしまった、というものがほとんどであった。わざわざ離島まで金と時間をかけて行って野池でバス釣り、というのもあまりにバカバカしかったし純粋に離島のブラックバスという存在も興味深くもあったのでこの時の旅行の目的地はこうして三宅島に決定したのである。そして大路池。季節は11月下旬、爆風吹き荒れる中、同行の友人は釣り経験0。ワームを丸々忘れハードルアーの巻物のみ。こんな状況だったが結果的にはバスが簡単に釣れてしまったのだ。理想郷は実在したのだった。

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この後、今度はちゃんと釣りを目的として三宅島へ行こうと何度か試みたものの、乗船予定日に台風が直撃したり、一人客で泊めてくれる民宿がなかなか見つからなかったり、そもそも経済的に困窮の極みにあったりとなかなかチャンスがないまま、私は東京都民ではなく福島県民となってしまっていた。しかし、今年になってようやく3年越しに大学時代の後輩二人を引き連れ純粋に釣りを目的とした三宅島旅行の機会が巡ってきたのだった。竹芝桟橋ターミナルにて3年前にはまだ就航していなかった伊豆大島行きの三代目さるびあ丸を見送り、定刻通りいざ橘丸へ。相変わらずここの特2等は快適である。不眠症心療内科を受診している私でもすやすや眠れるレベル。出発待合には、コロナ時期だというのに意外と客が多かったことに驚いたが、乗船してみると体感的にはガラガラであった。なんせこの2014年就航の橘丸、5,681tの大型船で船内はさながらアパホテルである。旧海軍の川内型軽巡洋艦や海自のあきづき型護衛艦ぐらいの大きさなのだ。そりゃでけーよ。中には食堂(コロナにより閉鎖中)、清潔なトイレ、自販機、ラウンジ、喫煙所などなどいたれりつくせり言うことなし。こうして翌3月20日早朝、ソルト班1名、私を含めたバス班2名の計3名は三宅島の地を踏んだ。雨は降っていなかったが風は泣きたくなるぐらい強かった。

ソルト班の一人を入港した錆ヶ浜港に放置し、我々バス班は民宿へ行き朝食を食べ準備を整える。大路池は島の南部、坪田地区に位置する。三宅島は島の全周を都道212号線(三宅島一周道路)が通貫しているが、大路池へはその212号線から内陸側へと折れる形で入る。この場所はバードウォッチングの名所でもあるため道路は比較的整備されており、標識に沿って砂利道を下っていくと東屋やトイレ等が整備された池の傍へと降りることができる。その際、結構な下り坂が続き、いざ池に降り立つと周りを山に囲まれている眺めを目にすると思うが、これはこの池が2000年前の噴火による水蒸気爆発にて形成された証左である。現在、三宅島ではこの大路池が唯一の淡水湖であり島の水道水の水源にもなっているが、かつて島内には新澪池という火口湖も存在していた。こちらも大変風光明媚な場所だったそうだが、1983年の噴火によって溶岩が流入し池は消滅してしまい地形でしか往時の面影を偲ぶことはできない。大路池は全周約2kmほど。やや楕円形状で岸際から素直に水深が深くなっていく。池の周囲には遊歩道が整備されているが若干池から遠い場所に道がある部分がほとんどなので、ここで釣りをする場合は南北に存在する桟橋がメインのポイントとなる。前回来た時になんとか池を一周したいと色々と画策していた私は、abemaTVで放映している魚旅という番組のロケで村上晴彦がこの場所でウェーディングをしていたことを見て今回はウェーダーを持参していた。池の周囲はほとんどがシャローなのでウェーディングであれば池の3分の2程度まではカバーできるのではなかろうか。なお、この池の水は日本では珍しい硬水である。なので島の水道水で髪を洗うと少しギスギス感が残るし、水を飲んでみるとエビアンのような感覚である。

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今回気になっていたのは池の中の季節の進行度であった。本州の温暖なエリアならば3月下旬はいわゆるプリスポーン時期である。伊豆諸島は黒潮の影響により本州よりは温暖であるとは言え、緯度だけでみると紀伊半島南端よりも全然北、強いて言えば三重付近に位置する場所なので池の状況がどうなっているのかが懸案事項であった。 少なくともシャローを目視した範囲ではネストらしきものも存在しない(後にウェーディング中に大量のギルネストを発見することになるが)。早すぎる季節進行で既にバスがアフターの状態になっていたり、逆にそこまで水温が上がりきらず魚の活性がまだ低いことをこの時はとにかく心配していた。とは言え、何はともあれ第一投である。池自体が地形的に窪んでる場所にあるとは言え吹き付ける風は強かったが、とりあえず自身数年ぶりの使用となるスモラバを葦際に投げ込む。最近はYou Tube用の動画制作に凝っていて、この日ももちろんカメラを回していた。ルアーが着水し、ベールを返しながら「あー、どの辺で撮れ高稼ごうかな ってか大路池第一投目ですってセリフ入れなきゃなー」なんてことを考えているとバスが釣れた。35cmぐらいの太った立派な魚である。一瞬で釣れた。同行者は狂喜乱舞している。その後、ソルト班も合流して数時間釣りをしてみると本当に面白いように釣れた。しかも大体サイズが40cm前後でコンディションも良い。まさにプリスポーンといった立派な魚体がほとんどだった。最初こそ調査用に持ってきていたワーム類で釣りをしていたがせっかくなので普段使わない色々なハードルアーを試した。マンズのワンマイナス、バンディットのフットルースメガバスグリフォン。なんでも釣れた。これだけ釣れるとごきげんさんである。サイズこそ50cmオーバーは出なかったが、本当にどの魚も体型が良かった。前回11月に訪れた際はどのバスもガリガリだったので餌が欠乏しているのではと心配だったがどうやら杞憂だったようだ。メインベイトは恐らくブルーギルだろう。明治期にはワカサギや鯉の放流も行われていたようだがどちらも上手く定着できなかったらしい。鯉に関してはバカデカイサイズの個体を数匹見かけたが。

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2日目。初日である程度満足することができたので2日目は朝夕とトップのみで釣りをしてみる。未明から降り注いだ雨の影響で池の水温が急低下しており、見るからに魚のレンジも下がってしまっていて風もより強くなっていたことから状況は良くなかったが、この日も岸際のレイダウン絡みで良い魚を釣ることができた。ルアーはローカルの反りトンボ。貴重な貴重な東京都トップウォーターフィッシュである。そう、ここはあくまでも東京都なのだ。都内某所なのだ。なお、バス班の同行者は特段バス釣りの特定宗教に入信していない健全な釣り人だったのでこの日もワームの釣りでボコスカ釣っていた。しかし、前述の通り水温が下がったことで前日よりは沖目の深いところが良かったらしい。アベレージ35cm程の良く引く魚を釣っては逃し釣っては逃ししながら「ヤッパブレパイッス!ブレパイッス!!」等と謎の言語を連呼してはしゃいでいた。

3日目。朝から錆ヶ浜港でジギング。青物にはまだ早い時期だったが、御蔵島近辺にクジラが接近してきた影響もあってか近辺にサバが大量発生しており結果アレルギーになるほど釣れた。あまりにも釣れるので途中からアシストフックを一本組にしてバーブレスにしたがそれでも釣れた。ただひたすら釣れた。その後、最後に少しだけ大路池に戻り釣りをして、宿の方に港まで送ってもらい、昼発の橘丸竹芝桟橋行きに乗船し帰路へとついた。

 

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冒頭の質問に対する私の回答は、現状、三宅島の大路池となるだろう。バスが存在しているだけでなく数世代に渡って繁殖していて、かつテレビ番組のロケでバスプロが場所の名前を出して訪れていて、にも関わらず釣り人の数と魚の個体数のバランスが保たれているというパラダイスがそこにはあった。しかし、一体誰がこの場所にブラックバスを持ち込んだのだろうか。ご存知の通り、日本に初めてブラックバスが持ち込まれたのは1925年でその場所は芦ノ湖だったが、ルアーフィッシングの対象魚としてブームとなっていくのは1970年代である。70年代に入ってようやく芦ノ湖や相模湖でルアーフィッシング黎明期がスタートする中、ここ大路池には1978年の時点で50cmオーバーのバスが存在するという雑誌記事が掲載されていたこともあったらしい。バスの各地への放流は恐らく70年代前半から加速していたものと思われるので、その時期に何者かがこの絶海の孤島へ生きた個体を相当数持って訪れたのであろうか。凄い根性である。ある程度バス釣りをしてる人なら分かることだが、バスはその生息場所によって姿かたちが微妙に変わっている。琵琶湖のようなフロリダとノーザンの混血が存在する場所のバスと野池のバスでは明らかに顔が異なり、また野池同士であってもベイトや水質によって変化がある。河口湖の養殖された放流バスなど同じ魚とは思えないぐらい呑気な間の抜けた顔をしている。その点、大路池のブラックバスはどの魚もカッコよかった。20年前、自分がバス釣りを始めた時に憧れた所謂ブロンズバックというイメージにピッタリだった。本州の様々な場所で様々なバスが混血を繰り返す中、絶海の孤島のこの地においては日本でのバスフィッシング黎明期の、引いては赤星鉄馬が芦ノ湖へと持ち込んだバスのDNAが色濃く残っているのだろうか。

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三宅島の中心には雄山が存在し、約20年周期で噴火活動をしている。1983年噴火では阿古地区の一部が溶岩に飲み込まれ新澪池が消滅し、2000年の噴火では火砕流が発生し火山ガスの影響によって全島避難という被害が発生した。もちろん雄山は未だに活火山であるから、今後近いうちにまた大きな火山災害が起きる可能性は非常に高い。そして、それをきっかけに島内の生物相に大きな影響が及ぶことも十分考えられる。なんなら噴火により大路池も消滅してしまうかもしれない。仮にこの場所にバスが持ち込まれたのが1983年噴火以前だとしたら、ここのバスは2回も大規模噴火を経験していることになる。こんなハードなフィールド、他には中々ないだろう。

絶海の孤島の火山湖のバス、なかなかロマンのある響きではないだろうか。是非また近々この場所を訪れてみたいものである。

いつまでも、あると思うな、パラダイス。

 

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写真

RICOH/GRⅡ

FUJIFILM/X100V

 

今回お世話になった宿

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参考

www.tokaikisen.co.jp

note.com

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gbank.gsj.jp

tsuribito.co.jp

シン・エヴァを観ました

  • はじめに

2021年3月8日公開の「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」(以下、シン)を観た。1995年にTVアニメが放送開始され、97年に劇場版(以下、旧劇)、2007年のヱヴァンゲリヲン新劇場版:序からの4部作(以下、新劇)の完結編である。1987年生まれの自分は所謂エヴァ直撃世代ではないけれど、エヴァ以降に生み出された様々なポストエヴァ作品の中で生きてきた世代だったのでそれの完結に立ち会えるというのは非常に感慨深い思いだった。と、同時に本当に終わるのか半信半疑な思いでもあった。コロナの影響で度々公開日が伸び、ある意味でエヴァらしい延期を繰り返して封切りを迎えた同作だったが、今回私は幸運にも公開初日に何のネタバレ等にも触れずフラットな心持ちで鑑賞することができたので備忘録的に同作の感想やエヴァにまつわるあれこれについて書いてみようと思う。なお、この記事は考察等を目的とするものではなく、あくまでも一つの物凄い作品群の終焉をリアルタイムで見届けた興奮をなるべくその時の気持ちのまま文章にしたいという趣旨の投稿なので、文章としての体裁を保っていないメモのようなものである。思ってること、考えてることを写真のように保存できたら一番良いのだけども残念ながらそれは不可能なのでこうして吐き出しておきます。なお、当然ながらネタバレを含みます。 

そもそも全ての始まりであるTV版新世紀エヴァンゲリオンは何がどう凄いアニメだったのか。今更語るまでもない話かもしれないが今の自分なりに思ったことから述べていく。なお、こんなことは初めてエヴァを見た小学生の頃には考えてもなかったことであり、新劇を含む様々なポストエヴァ作品に触れる中で感じたことである。

難解な設定、様々な内面的要素がありながらもエヴァの基本構造は主人公が敵と戦いその過程で成長していく成長物語(ビルドゥングスロマン)だ。この作品類型の最もベーシックな構図は、主人公=正義で敵=悪であり、正義の味方たる主人公が様々な困難に直面しながらも敵を倒すことにより人類なり国家なり家族なり恋人友人を救い、それを観る人々は素直にその過程に感情移入していきカタルシスを得るというものだ。しかし、1970年頃からベトナム戦争をはじめ社会の性質が変化していく中でこうした善悪二元論に人々が同調することが難しくなってくる。それまでの主人公は何の疑問も躊躇もなく悪である敵を打ち倒すことのみを考えていればよかったのに、それまで絶対的な悪であった敵さんサイドもよくよく考えたら相応の正義や信念に基づいて行動しており、むしろそれに対して手を下す主人公サイドこそが従来の悪なのではないかという課題に直面してしまう。詳しいエンタメ史についての話はここでは避けるが、とりあえず1979年の機動戦士ガンダム辺りから「正義の味方がどう悪者を倒すか」、という物語構造から「どっちが正義か悪か分からない中でどう戦っていくか」という物語構造の作品が増えていく。つまり、作品の造り手はどういった理由付けをして主人公を戦わせるのか、その中で主人公はどのように成長していくのか、を描くことが必要となっていった。こうして様々な作品が生まれ様々な主人公を戦わせる理由が生まれていった。しかし時が経つにつれ、社会の情勢はますます変容していき若者の大人への不信感は募り従来の理由付けで感情移入をさせることがどんどん難しくなっていった。そんな中、1995年にTVシリーズ新世紀エヴァンゲリオンの放送が始まった。(例えば、ファーストのアムロはうまいこと戦う理由を見つけて辛い戦いの中で内面の成長を得ていったが、次作のZガンダムでは敵味方、正義悪について考えすぎた果てにカミーユは精神がおかしくなってしまった。このように従来の構図で主人公がバッタバッタと敵をやっつける作品を作るのはどんどん難しくなっていく。)

エヴァの魅力はケレン味溢れる独特な演出(所謂明朝体エヴァフォントとか)や、それまでのガイナックスアニメで培われてきたメカ好き男の子のロマンを4回蒸留したかのような精緻なメカ周りの描写や設定、そして難解で解釈の余地があるストーリーなど本当に数え切れないほどだが、最も画期的だったのは前述した主人公をどう戦わせるかという問いに対して「戦わない=エヴァに乗らない」という回答を提示したことだったと思う。なんだか訳のわからない使徒とかいう敵が攻めて来てとりあえず自分だけが操縦できる人型ロボットに乗ってそれを倒さないと人類が滅亡するかもしれないという状況の中、戦う中で色々と辛い経験をしたシンジくんが選んだ答えは「じゃあもう色々辛いし乗らなくてもいいじゃん」だったのだ。「乗らない!」→「おめでとう!」こんな形でTV版エヴァは話にオチをつけた。当時は2000年が間近に迫った90年代後半、戦う理由にリアリティを見出すことがどんどん難しくなっていった中こうしたオチをつけた作品はまさに画期的だった。らしい。らしいというのは当時自分は小学生でありそこまで考える頭なんかなかったからである。ただ、こうした物語構造上のテーマは別としてもTV版の短いシーンを次々と切り替えるOP映像や、グロテスクなエヴァンゲリオンの造形、大げさでカッコいい、それでいて現実離れしすぎていない出撃シークエンスなんかの映像は男の子の心をくすぐるのに十分すぎるほどだった。しかしそもそも小学生の自分でも単純にエヴァってなんかかっけー!と思うほどの作品が、前述した一見投げやりにも見えるオチで幕を閉じたことは賛否両論あったらしく、作品にケリをつける為に97年には旧劇が公開。が、そこで明示された回答は例の「気持ち悪い」で表現された「現実見な??」というメッセージだった。TV版で感銘を受けた多くの視聴者は、シンジくんに感情移入をしていた。それまで色々と戦う理由を作られては辛い戦いを現実でもエンタメでも強いられてきた中で「戦わない」選択を肯定してくれたこの作品はまさに題名の通り福音であった。それなのに、心の葛藤に対して自己の内面に籠もることで一定の結論に辿りついたシンジくんもろとも、視聴者はそれを客観視され「気持ち悪い」という言葉を浴びせられてしまったのだ。内面に籠もってても結局は問題の解決には至らないから、ちゃんと現実と向き合いなさいね、というお話をされてしまったのだ。ただ、ここで問題が生じる。この作品では「どうやって現実に還るか、向き合うか」までの答えは提示されなかったことである。「もう何もしたくない」という主人公をどうやってもう一度立ち上がらせるか、動機を失ってしまった主人公にどのようにして動機を再獲得させていくのか、このような問題点を残して旧劇は幕を閉じた。更に物語構造上のこうした問題に加えて、話の本筋部分の多くの伏線が未回収となってしまった。その為にエヴァは完結した作品のはずなのに未完結のような印象を与え、視聴者はみんなモヤモヤした気持ちを抱えながら生きていく羽目になった。その後、エンタメ作品ではこうしたエヴァの問いかけに答える様々なポストエヴァ作品群が生まれていく。「もう何もしたくない」、戦う動機を失った主人公にいかにして動機を再獲得させるか、様々な作品でクリエイターはこの問に答えていった。(以下、TV版、旧劇を併せ旧作)

  • 序、破、Q

そんなこんなで時は流れ2007年、ガイナックスを離脱してカラーを立ち上げた庵野秀明が満を持してヱヴァンゲリヲン新劇場版:序を発表。公開前までは半信半疑だった当時のエヴァを知る人達も、鑑賞後はどうやらこれが単純なリメイクではなくエヴァに対して一定の解答を示す物語だと気付く。そして2009年に続編である破が公開。破の最終盤、TV版とは異なり自分の意志で以て綾波を救い出そうとするシンジくん。ポストクレジットシーンでは槍にブスっとされてしまうが従来とは異なる激アツ展開に次回作への期待感は高まるばかりであった。王道への回帰か、どういう過程を経てシンジくんは旧作と異なり現実に還る選択をするのか、そして何よりポストエヴァ時代を作った庵野秀明自身が動機の再獲得という問いに対してどのような結論を出すのか。そうした中で2012年に公開されたのが物議を醸し出したQだった。

旧作と新劇のシンジくんはどこが違ったのか。旧作でも、新劇のラストにあたるゼルエル戦が描かれる「男の戦い」ではシンジくんは自らの意志でエヴァに乗るためにネルフに戻っている。この点、新劇もここまでの展開は概ね同じように思えるが、序、破のシンジくんは旧作よりもより強い意志で以て一貫して行動を起こしているようにも見える。というか多分そう見せていた。なので恐らく破のシンジくんはTV版のシナリオに沿ってラストの展開までたどり着いた場合「もう乗らない」という選択をとらずに何らかの形で未来を選択するのではないか、それが一体どう描かれるのか、そうした期待感が少なからずQを観に行った人たちの中にはあったように思う。もちろん自分もその一人だったが。が、蓋を開けてみると、いつの間にか時は経ち世界は14年後、周りは知らない人が増えてるし、なんかアスカとマリはよくわからない相手と戦ってるし、世界は自分のとった行動のせいでとんでもないことになってるし、何よりそうまでして救いたかった綾波すらも救出に失敗してるしで劇中世界はえらいこっちゃであった。挙げ句の果てにそれまで乗りたくもないエヴァに乗れ乗れと背中を押してくれたミサトさんからは「何もしないで」と言われる始末。恐らく自分がエヴァに乗ることで世界を何とかすることができ、それは自分にしかできないことだと薄々自覚があったシンジくんからしたら堂々の戦力外通告であり主人公剥奪宣言である。結局、シンジくんは自分がやらかしたらしい世界を何とか元に戻そうと奮闘するも、それも虚しく結局よりエラいやらかしをしでかしたところで物語は幕を閉じた。 

その後、エヴァは長い冬眠期間に入ることとなる。この間、庵野秀明鬱状態に陥ってしまったことが後に公式から発表され、エヴァの次回作の前に制作されたのがシン・ゴジラであった。エヴァゴジラ自体には演出上の要素はさておき直接的な話の繋がりは一切ないものと思われるが、エヴァ以降、物語構造上動機を失った主人公にどのようにして動機を獲得させるか、という問いに対して、個人という枠組みを超えて国家という枠組みを動かすことで問題を解決する。という一つの結論を提示した。徹底的に日本の権力構造をリアルに描いたことで、この解はより説得力を持ち興行的な成績はともかくポストエヴァ問題に対する庵野秀明自身の解を明確に示した作品の一つとなった。 

以上が前提でようやくシンエヴァの話である。なお、今までの話はすべてあくまでも物語構造上から読むエヴァンゲリオンという作品の見方であり、ストーリー上重要な伏線だったり色んなインパクトの発動条件だったり画作りの方向性だったりそういうものは全て無視している。それでもこんだけ話さないと前提にすら至れないのだからエヴァという作品の業の深さにはただただ感嘆するばかりである。

結論から言うとシンジくんは最終的にエヴァの問いに対し「それでも現実に還る」という決断を下した。かつて選んだ「何もしない」という選択肢や「全てをやり直す」という選択肢もある中で、きっちり自分のしたことに責任を持ち、自らの手を汚す決断をして現実に還ったのである。

今回のエヴァは全関連作品を通しても屈指の分かりやすさだったように思う。これを見た後だとシンの公開タイミング次第ではQもあそこまで色々と酷評されなかったのではと思うぐらいに、Qが文字通りQuestionの作品でそのほとんどにシンがアンサーを示している。冒頭のパリ攻防戦シーンは事前に公開されていたものだがあの時点でヴィレの目的、敵対構図、最終目標がまず観客に対し明示される。Qではあまりにも唐突な出現で分かりにくかったヴィレという組織だったが、今作では1.ヴィレとネルフは敵対していること。2.ヴィレの目的はネルフ側のエヴァンゲリオンの殲滅であること。3.アンチLシステムによって人が住めなくなった土地を復旧すること、などが一連のパリでのシーンではっきりと描かれる。これは、Q冒頭いきなり始まるマリとアスカが良くわからない何かと戦っている戦闘シーンと対象的である。

Qでは破のラスト後にニアサードインパクトと呼ばれる現象(ニアサーってみんな言ってるのなんかいいよね)が起きて何かよくわからないけど世界がエラいことになってあれから14年の時が経っている、ということが説明される。が、あくまでも劇中で描かれるニアサー後の世界はカヲルがシンジくんに見せた風景ぐらいだし、14年の空白についてもヴィレクルー以外の人間と接する描写がない為本当にそうなっているのかが分からない。ヴィレクルーの中の元ネルフメンバーを見るとその容姿からどうやらそれなりに時間は経っているということは分かるけども外界を観測していないので本当かどうか確かめようがないし、ヴィレクルー(と冬月とゲンドウ)以外の人間がニアサー後の世界でどうなってしまったのかも分からない。どの程度の範囲で人類は死滅したのか。トウジやケンスケは生きているのか。生き残りがいたとしてどのような生活を営んでいるのか。全て想像に委ねるほかない。これに対してシンではエヴァとしては本当に珍しいことにQラストシーンのアスカとアヤナミとシンジの三人が歩きだす場面の直後から本編が始まっており、前作のように時間の連続性の問題で観客を困惑させることがない。そして、トウジやケンスケ、委員長などかつての知り合いによって実際に14年の歳月が流れたこと、エヴァパイロットのみが肉体的に年をとっていないこと、そしてニアサー後もそこそこ生き残った人がいたことなどが明示される。かつて宮崎駿エヴァには市井の人々の描写が欠けている点について指摘をしていたが今作では主にアヤナミを通してそれらの人々の日常を結構な尺を使い描写する。これまでの三部作も含めてエヴァには基本その他大勢のキャラクターとコミュニケーションをとる描写がなかったので、今作で農業をやっているおばちゃんたちに可愛がられるアヤナミのシーンはかなり新鮮だった。アスカも含めて後述するが、自分にとってはエヴァの女性キャラクター(主に綾波、アスカ)は所謂キャラクター推しのような範疇ではなく綾波、アスカといった記号、属性のような存在だと認識していたので、風呂場でおばちゃんたちからアヤナミが可愛い顔してるねーと言われるシーンは中々衝撃的だった。そう、普通に考えれば綾波レイの顔はかわいいのだ。そして結構話題となっているアスカとケンスケの関係性。なんというかエヴァのキャラって基本的にシンジくん以外との関係性をこれまで想像できなかったので後半で出てくるアスカの頭を撫でるケンスケのシーンも含め、ああ、こいつらも自由意志を持ったキャラクターだったんだ…と若干のショックを受けた自分に驚いた。なお、個人的にはアスカとケンスケは、ネルフ戦前のアスカの「先に大人になった云々」の話も含めて何らかの肉体的な関係はあったものの、結局年齢を重ねないアスカと老いる自分との現実から恋愛関係のようなものにはならなかったのではと推測する。知らんけど。

エヴァはこれまで登場人物が自分の口で今の自分の心情をきちんと説明するシーンがあまりなかった気がするが、ここでもシンではシンジくんが引きこもっている自分の心情を自分の口から説明させてあげている。その前の段階でアスカが推測して代弁しているのに加え、シンジくんは自分のやらかしで世界をブチ壊したのにそれの被害者である何の関係もない人達が自分についてとても優しくしてくれていることへの情けなさや罪の意識でダウンしていることを素直に白状する。しかしまぁ今まで「なんでみんなそんなに僕に厳しいんだよもっと優しくしてよ!」と言っていたシンジくんが「なんでみんなそんなに僕なんかに優しくしてくれるんだよ!」と言う日がこようとは。この点についてはミサトさんも同様で、破とQで相当ネタにされた「行きなさいシンジくん」からの「もう何もしないで」までの豹変っぷりをこれまたエヴァでは相当珍しい気がする回想シーンと共に何故そんな発言をするに至ったかまで説明してくれている。更に後半では、Qでの面会時にアスカがシンジくんに怒りをぶつけた理由をQ&A方式で答え合わせまでしてくれている。こんな親切なエヴァ今までにあっただろうか…話は脱線するが、シンの予告でニアサー後なのに何故か制服のリボンを結ぶシーンがあることがどうしても気になっていたのがあんな形で描かれたのは少し感動してしまった。単なるイメージビジュアルだと思っていたのに。

鑑賞時は少し全体の尺と比べて冗長かな?と思った村でのシーンだったが、今になって考えるとシンジくんはあの辺でほぼほぼ覚悟を決めていたんだろう。助けようと思った綾波は既にいないし、優しくしてくれたカヲルくんも目の前で死んだし、自分のせいで多くの人が死に世界がめちゃくちゃになったことも全部引っくるめて、それを自死だとか被害者面して何もしないで廃人と化すだとかいう道を選ばずに、個人だけではどうにもならないことも理解した上でかつて自分が酷い目にあったヴィレという組織とコンタクトをとって頭を下げてでも自分の成すべきことに力を貸してもらう覚悟を。そう考えるとむしろ良くもまぁあんな短時間で立ち直ったなと思えるほどである。この項の冒頭でシンジくんは「現実に還る」という選択をした、と書いたがここが序や破での一見成長しているかのように見えるシンジくんとの大きな違いだと思う。破のラストでもシンジくんは綾波を助ける為に大立ち回りを演じるが、例えばあそこでミサトさんの行きなさいの代わりに誰かが今そこで綾波を助けると世界がめちゃくちゃになっていっぱい死者が出るぞそれでもやるのか?と言われたら恐らく躊躇したはずだろう。現実的な選択をする、自身で決断する、という行為は想像以上に酷である。Qのシンジくんが槍でやり直す、を選んだようにもしかしたらエヴァの謎パワーを使えば全て時間が巻き戻ってみんな元通りハッピーにもなれるかもしれないのだ。カヲルくんが言ってたようなみんなが助かる方法というのもどこかにあるのかもしれない。にも関わらず、シンジくんはそれまでの自分の行動の結果を全て受け入れ、自らがやるべき、そして自分しかやれないことをする為に行動を起こすという選択をする。もしかしたらその先に待つなんらかの行為で今こうしてのどかに暮らしている人たちの生活を奪ってしまうかもしれない。アスカもミサトさんも殺してしまうかもしれない。それでも決断したシンジくんを見て、ああなんかもうここでエヴァ終わってもいいや、とさえ思ってしまった。あの時参号機ごと使徒化したアスカを助けることも殺すこともできなかったシンジくんが…マブラヴオルタのタケルちゃんですらあそこまでボコボコに打ちのめされた後に決めた覚悟でもっても冥夜ごとあ号標的を撃つことに躊躇したというのに。シンジくんマジで大人になった。そしてその成長を裏付けるのがアヤナミの消滅である。最初こそ綾波と同じ姿形をしているアヤナミに対して敵意を向けていたシンジくんだったがその後打ち解け始め、綾波レイという名前をあげようと思った矢先のアレはきっと今までのシンジくんなら耐えられなかっただろう。でもまだ彼は前を向く。

そしてシーンは戦闘色が強くなっていく。自らの意志でDSSチョーカーをはめるシンジくん。死ぬほど会いたくないであろう変わってしまった(と思ってる)ミサトさんにもちゃんと向き合う覚悟を決め、最後は親父を殺してでも計画を完遂する決断をする。繰り返しになるが、自分の中では村のラストシーン辺りでシンジくんが現実に還る選択と覚悟を決めたことが分かったので以降のシーンはここから物語が破綻するのではないかという不安がなくかなり素直に楽しめた。庵野がやりたかったであろう艦隊決戦だったりバスターマシン7号みたいなゲンドウだったり怒涛の専門用語の乱発であったりともうサービスサービス~がすぎるぐらいの展開が続いていく。エヴァってそもそもの作品の軸は割と明確なのに敢えてこういう難しい用語を入れて難解にして庵野秀明の描きたいシーンを挿入していくきらいがあるのでこの辺はもうウキウキしながら聞き流していた。インパクト何個あるんだよ…とかサードの発動条件の設定どこいったんだよ…とか。ちゃんと考察すれば整合性は取れるんだろうけど考えると置いてかれるのがエヴァなのだ。あとカッコいいシーンといえば、最後に艦に残ったミサトさんファイナルフュージョン承認よろしくボタンブチ押すシーンがあったけど、複数個あったのが笑ってしまった。あんなハイテク艦なのになんというローテクロマン…

そして訪れる親子タイム。その前に冬月とマリの会話からマリの設定は漫画版とほぼ一緒っぽいことがわかったりこれまた親切設計。エヴァ同士の親子喧嘩から始まり対話モードへ。ゲンドウ、大体どのエヴァを通しても最終目標はユイさんに会いたいだけどもあんなに自分を吐露するとは思わなかった。相変わらずなんとかインパクトが同時進行中だし裏宇宙とかなんとかで行われている対話だから一瞬話を見失いそうになるけど、世界をここまでしてユイさんともう一度会いたかった理由をつらつら並べていく。その様はまるで昔のシンジくんのようだけども、この時点で既にシンジくんは覚悟完了しているので相対的に父親であるゲンドウの方が弱く見えてしまう。息子に諭されたこと、父親である自覚、こうしてゲンドウは物語を降りる決断をする。親子といえば今回はミサトさんにもスポットが当たっていた。旧作では主にミサトさんの親との関係が中心だったが、今回はなんとミサトさんが母親になっていた。これまでどちらかというとミサトさんはシンジくんの母親(保護者)のような役割を担っていた。加えて、視聴者はユイさんと初号機のある程度の関係を知ってはいるが、それを知らないシンジくんにとっては恐らく最も身近な母性はミサトさんだったんだろう。そんな作品の母性代表みたいなミサトさんが、なんだかんだでシンジくんを守りたいが為にQで敢えて辛いことを言って取り付く島を与えなかったり、世界を助ける為に息子に存在を教えなかったり、それでもシンジくんと息子の写真を最後に貼り付けて作業したりと最後まで母親の役目を全うできなかったのは、本当の母親としては最後まで未熟なままだったことを表現していたのかな、と思った。あのゲンドウですら対話の俎上に乗っただけに。全体的に終盤は色んなことが起こりすぎてわけがわからなくなっていたけども、初号機に取り込まれた綾波、旧劇のような風景の場所にいるアスカ、カヲルくんも含めて一人一人とちゃんと対話をして丁寧に物語は撤収の準備を始める。やっぱりボコられる弐号機、旧劇もTV版も漫画版も全てなかったことにせず、閉じていく物語。そして最後に正真正銘親子となって父母に抱かれるシンジくん。この辺恐らく順序ぐちゃぐちゃだろうけどただただ感慨深くあ然としていた。そしてシーンは庵野秀明の生まれ故郷宇部へと移りラストシーンへ。反対側ホームにいる劇中で死んだチームのキャラ。あのカヲルくん死ぬほどイケメンだよね。綾波もめちゃくちゃかわいいしやっぱりこんなにかわいい女の子は普通こういうイケメンと一緒にいるよな、と謎に現実を突きつけられてしまった。そしてこれから続いていく辛い現実のメタファーであるネクタイを締めた社会人風のシンジくんと約束通りシンジくんを回収できたマリ。漫画版の感じだと恐らくマリは相当ユイさんのことが好きだったはずなのでそういう流れもあってあの二人は今後ああいう関係になっていくんではないか。とはいえなんかもうこの辺は解釈の余地ありありなので。 

  • 終わりに

エヴァという作品は好きだけど嫌いな作品だった。だってズルいんだもん。TV版でシンジくんが内面に籠もる選択をしても結局見てるこっちは年も取るし生活は続いていく。生きてる限り楽しいことはあるかもしれないけども基本的に社会に出るということは不条理の海に叩き落とされるようなものである。学生の頃までは素直に見ることができていたエヴァにあまり感情移入できなかったのはきっとそんなウジウジが許されるシンジくんに嫉妬していたからなんだろう。だから、以降はフルメタル・パニックのソースケだったり、グレンラガンのシモンだったり、マブラヴオルタネイティヴのタケルちゃんだったり、自分の強い意志で道を切り開いていくタイプの作品を気に入ることが多くなっていった。ただ、破のラストを見た時にもしかしてシンジくんはこの新劇で彼らのように現実に還る選択をちゃんとするんじゃないかという想いが頭に浮かんだのも事実だった。が結局Qでそれは霧散した。というかそうなるわけない、そうなって欲しくないと思ってただけなのかもしれない。先の3作品の主人公はめちゃくちゃ辛い思いをしてめちゃくちゃ辛い現実に死ぬほど打ちのめされてその上最良とはいえない結果を突きつけられる。シモンなんか特に。こういう作品は成長物語としてのカタルシスはあるけどもここまで辛い決断をしていかないとやっぱり道って拓けないんだという絶望感も同時に与えてくれる。現実の辛さ厳しさ残酷さをまざまざと見せつけてくるのだ。そんな中である意味いつまでもウジウジしてくれて25年近くも決断しないシンジくんは最後の希望のような存在だったのかもしれない。でもそんな彼も現実に還るという決断を勇気をもって下して必死に行動した。マブラヴでいうところの「あなたの勇気が 切り拓く未来」である。よく旧劇は庵野秀明がオタクを見放した、お前ら現実見ろよ、と言った作品であるかのような文脈で語られるが、それでもこっちとしてはじゃあお前もちゃんと自分の作品内で出した問題の答え自分で出せよ、と今までは言い返すことができた。しかしこうも完璧に作品を完成させられ、ぐうの音も出ないほどのものを見せられるとそれすら言えなくなる。結局自分は「なんだかんだで終わらないエヴァ」に甘えてたんだなという現実をまざまざと見せつけられた。今作ではお約束のポストクレジットシーンすらない。一応完結したシン・ゴジラですら不穏な考察の余地を残すポストクレジットシーンがあったのに見事なまでの終劇であった。

エヴァとその後のポストエヴァ時代は自分の人格形成に多大な影響を与えた。そしてそのエヴァが未完であるが故に、ある意味こんな俺にした責任ちゃんととってくれよと文句を言うことができた。が、完結した今そんな文句を言う相手もいない。もちろんまだまだ考察の余地はあるし、昔のように専門用語一個一個を検討して盛り上がることもできるだろう。専門用語が並んだ特典の冊子はそういう意味も含まれていたんじゃないか。しかし物語は終わってしまった。幕は閉じたのだ。それにしても、約25年。しかもシェアードワールドなしでこの作品寿命である(厳密には碇シンジ育成計画とか色々あるはあるけど)。

結局、エヴァは本当に凄いコンテンツだった。素晴らしい作品だった。そしてこの作品が作った時代をリアルタイムで生きることができて本当に良かった。

以上、一切推敲なしで勢いで書いた恐らく死ぬほど読みにくい文章をここまで読んで頂きありがとうございました。これがエヴァへの卒業文集。

雲の上はいつも青空

 いつになくポエミーなタイトルになってしまったが元ネタはごぞんじハービー山口大先生のフォトエッセイである。更に元を辿るとLouisa May Alcottの"There is always light behind the clouds."直訳で「雲の向こう側にはいつも光がある」みたいな感じか。

 

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 久しぶりにブログを書こうと思ってはてなを開いてみたはいいが、しっかりとブログの体で公開してあったのは過去の龍鼓灘の記事だけであった。下書きはいっぱいあるんだけども裏取りが面倒なネタばかりで結局放置してしまっている。主に香港関連のネタが多いんだが。そんな香港も今ではすっかり遠い国になってしまった。嗚呼。一昔前までは"書く"ブログと言えばはてなであったが、気がつけばブログと言えばnoteがメインになってしまっていた。2,3年で世界は驚くほどガラッと変わってしまう。本当に。一寸先は闇である。

 そんなこんなで冒頭のタイトルである。先月末頃、12年ぶりに西表島へ行ってきた。まさにタイトルのような日和だった。

 

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 西表島。このワードを聞いて大抵の人が思い浮かべるのはイリオモテヤマネコだろう。沖縄の方にある島…ジャングル…マングローブ…東洋のガラパゴスあずまんが大王…。

 せっかくの機会なのでここで一度地図アプリでも開いて西表島の位置を確認して頂きたい。地図は良いぞ。想像力が掻き立てられる。とりあえずここかなという辺りを探そうとするときっと最初は沖縄本島周辺を探そうとするはずである。本島周辺を見た後、そこから西に進むと大きめの島が2つ存在しているのが確認できるはずだ。割と西だ。東側にある大きな島が石垣島。そして西側が今回の話のネタとなる西表島だ。西表島、というと上述したワードのようにどこか辺境の地というイメージが付きまとうが、意外と石垣島から近くまた島自体が大きいことがよく分かる。wikipediaによると人口は2,407人(2020年3月末現在)であるが、島自体の面積は沖縄県の中では沖縄本島に次ぐ大きさである。石垣島西表島等が所属する島々を八重山諸島と呼び、経済、移動等の中心地は石垣島であるにも関わらずそれ以上にデカいのが西表島なのである。加えて地図をなぞり更に西進するとすぐそばに大きな島が見つかるかと思う。そう、もうそこは台湾なのだ。八重山諸島から沖縄本島までの距離は約400km。対して台湾までの距離は約270km。紛れもない辺境である。日本の端っこだ。ちなみに日本最南端の有人島波照間島や最西端の与那国島も同じ八重山諸島に属する島である。

 

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 初めて西表島に行ったのは小学校低学年の頃だったらしい。らしい、というのは自分でもその時の記憶がほとんどない上に、当時テレビで放送されていた自然系の番組の企画旅行で訪れた為基本的にされるがまま、連れられるがままの旅行だったからのようだ。(具体的には福島空港開港記念か何かにかこつけたどうぶつ奇想天外関連のツアーだったような)

 それから時間が経ち、これまた自分でもなんでそうなったのかやはりほとんど記憶にないのだが、大学1年生頃、友人とどこか旅行に行こうという話になった時に何故か白羽の矢が立ったのが西表島だったのであった。当時の私は既に道楽のトップウォータースタイルでのバス釣りにハマっていたので、それの関連雑誌か何かで津波ルアーズの元木さんがマングローブで釣りをしている記事を読んだからだったのかもしれない。ちなみにその時の同行者は釣りに全く興味がなかった。ボートからのリーフフィッシングならいざ知らず、キャスティングもマトモにできない友人をタイトなキャストが要求されるマングローブフィッシングに連れていってしまったのは本当に今でも申し訳ないと思っている。自分だったらクレームものだ。幸運なことにその時は私も友人もそこそこ楽しい釣りができ、西表島旅行は良い記憶となって自分の心の中に刻まれたのであった。

 その後、関西で相変わらず釣れない釣りに励んでいた私であったが、ある時、どうも西表島というのはリーフフィッシングがそれはそれは面白いらしい、なんならみんな大好きGTことロウニンアジのメッカらしい、というようなことを小耳に挟んだ。当時はもちろんネットカルチャーなんだけどもyoutubeが覇権を握る以前の段階だった為まだまだ能動的な情報収集をしないと手に入らないような情報が多かった時代でもあった。ちなみにこの頃の私はまだ琵琶湖での釣りにハマる以前である。東播の野池や加古川、淀川等に良く通っていたのを覚えている。本当に釣れなかった。悲しい程に釣れなかった。加えて当時の自宅から海が近かったので食材確保の為に海釣りにも精を出していたこともあり体良くシーバスタックルが揃っており、1年遅れで高校時代の釣りをする友人が関西に進学 してきたといった事情もあり再び西表島へ行くことになったのである。釣れない釣りはもう嫌だ、あそこはきっとパラダイスだ。そんな豊穣の海を夢見てオーパよろしく釣りバカ2人がのこのこと出かけていった。

 釣りというのは不思議な趣味で、行為自体は魚の口にハリを引っ掛けた上散々引きずり回すという非常にサディスティックな内容であるにも関わらず、大多数の釣り人の精神構造はマゾヒストなのだ。魚もアホではないのでそう簡単には釣れない。釣れて楽しい時間よりも恐らくは釣れない時間の方が長い。なんでそんな釣れもしないのに多大なる時間とお金をかけて釣りをするのか、と聞かれると大抵の釣り人は虚ろな目をしてこれがいいんだ、これが釣りなんだ等と意味不明な言動をのたまうことだろう。きっと。多分。釣りとは糸の先にハリが付いておりもう一方にバカが付いた状態なのである。

 開高健御大の本で読みかじったものだが、"釣り人の時制に現在形はない"という大変良くできた言い回しがある。マゾの釣り人だって本質的には釣りたいのだ。だから明日の釣果を夢見て場所を調べ時期を調べそこに自分の曖昧模糊とした経験を加え希望の未来を頭に描きながら眠い目を擦りここぞとばかりに釣りへと出かける。が、多くの場合結果は芳しくない。そこで聞かれるのは「先週までは良かったんだけども…」「ちょっと時期が早すぎた…」等と言ったものがほとんど。現在進行系で豊穣を味わえる釣り人というのは果たして…という具合で、これは言ってしまえば釣り人あるあるなのである。あるあるどころかあるあるあるあるネタと言っても申し分ない。鉄板だ。メタルバイブだ。なのでこの展開でいくと、しっかりと前回より道具も時間も揃えての遠征となる釣りバカ2人の西表島釣行は、心の奥底にほろ苦くも清冽な思い出となって残り、2人はリベンジを誓う、ここまでがテンプレなのである。しかし、西表島には豊穣が存在していた。2人は現在進行系を味わうことができたのだ。結果は爆釣であった。

 ルアーとは疑似餌だ。要は非餌を餌に見立てて魚を釣るのがルアー釣りである。もちろん魚は疑似餌よりは本物の餌を好む。しかしこのルアー釣りは人気が高い。何故か。楽しいからである。1800年代半ばにアメリカ人が湖にスプーンだかフォークだかを落っことし、またヘドンさんが1894年に木片を湖に投げ込んでからというもの、人々はこぞってこの疑似餌に夢中になってしまった。恐らく魚の数よりも人間の方が多く魅了されたのではなかろうか。知らんけど。兎にも角にもルアーで魚が釣れると楽しい。ただし、少しテクニックが要る、そうそう魚は騙されない。これはある程度定説だ。世の理である。しかし、釣りバカ2人の西表島釣行、初日は島の周りを囲む珊瑚礁でのライトリーフゲーム、2人の操るルアーに島の魚達は嘘のように騙され、ボコボコに釣られたのであった。いつも行っている西宮の海がドブのように感じられるほどの青く透き通った海。肌を焼く太陽。珊瑚礁の脇でルアーを泳がせると、大小様々、色とりどりの魚が次々と釣れた。ルアーとはかくも釣れるものであったのか。話が違う。自分の中でスイッチが入る音がした。

 

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 その後、マングローブでのトップウォーターフィッシング、初体験のジギング、GTフィッシング、全て首尾は上々であった。そこで気を良くした私はその後も数回この島に足を運ぶことになる。釣り人は欲深いのだ。そしてある意味魚よりも疑り深い。私としてはこんなに辛くない釣りがあってたまるかという謎の意地があったらしい。が、結果は毎回西表島の豊穣さに打ちのめされて帰ってくるというものだった。要は行く度にアホみたいに魚が釣れたのだ。島にも慣れてきた頃、試しにガイドなしで適当に浜から釣りをしてみても結果は同じだった。釣れた。本当に。いやはや。なんとまぁ。

 ここで終われば自分の釣り人人生はさぞや華やかであったに違いない。もしかしたら今頃津軽海峡でステラのバカでかいリールでクロマグロを釣っていたかもしれないし、沖縄に移住をしてハイサイ探偵団のポジションを喰っていたかもしれない。しかし、西表島へ釣りに行くのには唯一の欠点があった。お金がかかりすぎるのだ。当時は今と違いLCCが存在していない。また、安く旅行を仕立てるだけの旅スキルも自分に備わっていなかった。西表島には空港はなくその90%以上はジャングルに覆われているため必然的に島へ行く手段は船のみとなる。空路についても石垣島への直行便は存在するにはしていたが、どちらかというとリッチな移動手段であったため、那覇空港での乗り換えが必要であった。というわけで必然的に時間もかかる。時間がかかると泊数が多くなる。泊数が多くなると宿代がかさむ。一方この頃、タイミングが良いのか悪いのか、私は琵琶湖の魔物に取り憑かれつつあった。というか取り憑かれていた。道楽でロクマル釣ったる!と血気盛んであった。どちらかというと、いや、どちらかと言わずとも私の釣りのメインはバス釣りである。それもトップウォーターオンリーの。もちろんこちらの釣りにもお金がかかるのだ。当時は学生であったから時間は死ぬほどあった。しかし財布の事情は欠食児童であった。終戦直後である。バイトで稼いだお金はデニム、皮革、そしてルアーという木片の前に一瞬で消えていった。頑張っても年に数回しか行けない西表島、夢とロマンの琵琶湖バス釣り。軍配が上がったのは後者であった。その後、私は関西での大学生活を終え東京の大学院へと進学。そこから8年超の東京での暮らしが始まる。西表島のことは完全に忘れていたことはなかった。しかし、一人で行くほどの根性も経済的余裕もなかった。心の隙間を写真という趣味に侵食されていったこともあって、こうして西表島との距離はどんどんと離れていった。

 

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 2019年末。私は実家のある福島県郡山市へと居を移していた。郡山は確かに地元であることには変わりはないが、通算14,5年を県外で過ごしてきた自分にとってはかなりのアウェーだった。最後に”住んだ”のは高校生の頃の話だし、当然と言えば当然である。東京生活も末期の頃は時間を見つけては国内海外問わず色々なところへと出かけて行った。相変わらずお金はなかったし経済的余裕の欠片もなかったが、LCCなら大学生の頃とは比べ物にならないぐらい安く飛行機に乗れたし、安旅ライフハックも自分の中で蓄積されていった。郡山に越して数週間、というか数日、出会って数日で、のレベルで旅に出たくなった。11月末の東北の風は冷たかった。ふらっと香港に出かけて港式奶茶をすすりたかった。馴染みの粥屋で油条を浸して早餐したかった。街に出ても人がいない。それまで心の隙間を埋めてくれていたストリートスナップができない。まだコロナウイルス対岸の火事にも至らない小火レベルの話だった。が、成田羽田は遠かった。仕方がないから香港へ行く飛行機代より高い金を払って東京へ度々出かけ、写真を撮った。

 そんな折、大学の後輩、これまた釣りバカ、しかしこちらは家庭も仕事も盤石な真人間型釣り好き、がどこか遠征行きたい思ってまんねん先輩暇でっしゃろどっか行きませんか、などという話を持ちかけてきた。いや、そうだったか、良く覚えてないけどそんな感じだったと思う。相変わらず東北の冬は寒かった。身も心も財布も寒かった。とにかく暖かいところへ行きたかった。釣りができて暖かいところ…あ。

 こうして決まったのが今回の遠征であったが決まってからもこれまた大変だった。2020年に入り、本格的にコロナが大流行、県外移動禁止、海外渡航はもってのほか、経済大混乱、本当にとんでもない令和2年であった。また、旅行の時期も10月と遠かった。半年以上先の旅行の日程なんて今まで組んだことがなかった。旅行が決まると自分の場合とにかくそわそわする。頭のリソースの多くを来たるべき旅行に持っていかれるのだ。それは往々にして楽しいものであるがちょっと今回ばかりは期間が長すぎた。頭がおかしくなりそうだった。たしか旅行日程を立てたのは1月頃だった気がしたので都合10ヶ月そわそわしっぱなしであった。

 

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 と、言うわけで、である。壮大な前振りと悲喜こもごも様々な想いが詰まった旅行は物理的にも波乱の幕開けだった。ここ数年、私は山登りもやるようになっていた。釣り以上に登山の際には天候判断が重要となるから天気読みの能力はそれ以前と比べて多少レベルが上がっていた。旅行数週間前、当然天気図から天候を読もうと試みる。大敵は風である。冬の訪れ、八重山諸島では強烈な北風が吹く。また、10月下旬とは言え、位置的にはまだまだ台風からも気が抜けない。本土に到達しない台風でも八重山諸島の位置では影響を大いに受けることは多々ある。そんなこんなで高層天気図を眺める毎日であったが、いざ一週間前ぐらいになり何だかお世辞にも良いとは言えない予報が自分の中で出たのですぐさま天気予報はやめた。私は悪い占いは信じないタイプなのだ。それから数日後、12年前もお世話になったガイドさんから電話があった。曰く、風がヤバい。祈るような気持ちで風速予報サイトのwindyを見る。真っ赤を超えてゲロ紫である。やべぇ。

 当日、宿泊予定地である上原集落行きの船は早々に欠航が決まっていた。西表島には上原と大原という2つの主な港があり、石垣島からはそれぞれ船が出ているのだが、外海に面した上原は秋口頃から風の影響で欠航になることが多々あった。その場合は一度大原港へと渡り、そこからバスで上原へ移動するという手順を踏まなければならない。私は4泊5日、同行者は3泊4日の日程である。2日丸々釣りを楽しみたい場合、予備日として一日空けておいた方が何かと便利だし体力的にも楽だ。金はないが時間はある私は当然滞在日を長くとっていた。本来の予定であれば私の滞在3日目、同行者にとって2日目、から釣りが始まる予定だった。そうすると丸々2日の釣りが楽しめる。ハッピーだ。あとは天気次第である。事前のガイドさんとの相談では私の滞在3日目が一番強烈な風とのことで、その日を除外した予備日の一日を半日の釣行として予定を一日前倒しした方が良いのではという提案をされた。それでも石垣島から西表島へと渡る船中、内海にも関わらずざっぱんざっぱんと派手に揺れる中でも私は一縷の望みを捨てていなかった。どちらかというと天気運はいい方なのだ。しかしそんな希望も島に着いた瞬間消え去った。石垣港ではあまり実感できなかったが大原港では恐ろしいほどの強風が吹き荒れていた。その上太陽が見えない。超絶曇りだ。上原に到着する頃には日も落ちていたが西表島名物満点の星空はおろか月すら見つけられない。12年ぶりの西表島との再会。上陸の際に口をついて出た言葉は「これはアカンわ」だった。結局、日程をずらし、何とか1日半でも釣りをしよう、という結論に至ったのであった。

 「釣り人の時制に現在形はない」という至言を真っ向から否定して微笑んで迎えてくれたのは西表島だったが、肯定して横っ面を引っ叩いたのもまた西表島であった。先週までは良かったのだ…そして我々が帰る頃の天気は良いんだ…

 一時は釣り自体も危ぶまれるぐらいの荒天であったが、なんとか12年ぶりのライトリーフゲームの船は出してもらえることになった。が、リゾート地であったその海はベーリング海の如く荒れ狂っていた。気温は暖かいを通り越して暑いレベルだが気分はオヒョウ釣りである。だがどんなに波が高かろうが海がうねろうが所詮は水面でのお話。ここは最強西表島のリーフなのだ。水の中は関係ないのだ。しかし釣りを始めてしばらく経ってから感じた違和感は無情にも徐々に確信へと変わっていった。この感覚、何度も味わったこの感覚である。渋い。とてつもなく渋い。一応断っておくと、魚自体は釣れはした。が、おいおい西表島おめぇこんなもんじゃねーだろ、と海に向かって叫びたくなるぐらいの釣果だった。お情けで恵んで頂いた、という程度のものだった。お魚さん達、しばらく見ない間に随分とシャイになってしまったようだ。また、日程がずれた為単純に釣りをする時間も短くなった。いつもは飽きるぐらい魚を釣り、お昼を食べ、のんびりと鳩間島でお昼寝をするところが今回は気合の4時間一本勝負である。気が急いて仕方がない。海は荒れ、心は荒んだ。リールは壮大なバックラッシュをした。

 釣行二日目、マングローブフィッシング。西表島マングローブ群生地の北限らしい。石垣島沖縄本島にもマングローブ河川はあるにはあるが、どちらも開発が進み開かれているので川沿いにマングローブがところどころある、というイメージだ。対してここ西表島ではマングローブ林の中に川がある、という言い方がしっくりくる。ほぼ同じ面積の石垣島が5万人近い人口であることを考えると西表島がいかに人が住んでいないかが実感できるはずである。この島の面積の大半は圧倒的な自然が占めている。島を覆うジャングルの外縁の一部に人が住んでいるという島なのだ。二日目の天候は初日よりはマシだった。しかし風が吹き荒れると川から戻れなくなる。よって、天気を見ながら、荒天に怯えながら釣りをすることになった。そこそこ魚は釣れた。が、豊穣とは程遠かった。

 三日目。予報ではこの日が最も風が強くなる日であった。案の定船が出せないレベルの暴風であった。せっかくなのでレンタカーを借りて島を巡りながら釣りをする。本来なら、道中でカニの大群と遭遇したり、道路をせっせと歩いているセマルハコガメ(天然記念物)に感動したり、青空をバックに睨みをきかせるカンムリワシ(天然記念物)を目にすることができたのだろうけどこの日の天候ではそれも無理そうだった。とは言え、上手いこと風裏を探しながらの釣りは、そこそこ釣れた。豊穣の片鱗は見えた。最終日、朝一番、夜明け前に港で釣りをした。ここでも魚達はそこそこ元気だった。我々の心を慰めてくれた。

 

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TC-1 G-ROKKOR 28mm F3.5/Lomography Color Negative 100

 結局、自分は旅好きのようだった。元々は出不精なタイプである。旅行というのはとかく面倒くさい。それに観光地スタンプラリーみたいな旅行というのに今まであまり価値を見出だせなかった。ただ、写真をやるようになってから、旅先に行っても街を歩くだけで楽しい、その土地を単純に知りたい、できれば溶け込みたい、そう思いながらの旅行が板についていき実際狂ったように旅行に行きまくっていた。名物なんて食わなくてもいい。現地の人が食べて飲んで、そういったものを知りたい。できれば知らない土地で地図を見ずに歩けるようになりたい。

 旅のスタイルは人それぞれである。旅好きの友人の一人は世界遺産を全制覇するのが夢だと言っていた。素敵だと思う。彼にとってみれば、私のような同じ土地に何度も行く旅行者は理解できないだろう。でもそれはそれで良い。旅行に行くと色々と縁ができる。今回だって、初めて西表島に行った時たまたま選んで以来ずっとお世話になっていたガイドさんと久しぶりに再会できた。もちろん縁は人だけに限った話ではない。例えば香港。ちょっと早めなエスカレーター、信号の警告音、そういう「あー、戻ってきたな」と思える瞬間があった時、街との縁を実感でき旅ができて幸せだなと感じる。数年間を過ごした関西も、東京も、帰れる場所が増えるのは単純に嬉しい。

 結局、今回の旅は釣行という観点では失敗だった。期待外れだった。どんなにお世辞でも成功、大満足とは言い難い。でも、それでも西表島はなんだかんだで10年以上前とほとんど変わらない姿で私を出迎えてくれた。

 人によっては勿体ないと感じる人もいるだろう。でも結局、勿体ないという感情は、時間なりお金なりの損得勘定であって、よほど酷い目に合わない限りは勿体ない旅行なんて何一つない。アカジンも釣れた。ガーラも釣れた。マングローブジャックも釣れた。オオゴマダラも見ることができた。それで十分じゃないか。なんてことはない。また行く理由が一つ増えただけなんだ。結局のところ、日本の最西端だって一日で行けてしまうんだ。大した距離じゃない。もし土日の前後にお休みが取れさえすればいつだって行けるんだ。今はコロナのせいでおいそれと海外に行くことはできなくなってしまったけど、東南アジアだってたったの5,6時間飛べば行けてしまう。今の御時世安く済ませられる手段なんていくらでもある。その気になればどこへだって行ける。簡単なことだ。

 帰りの石垣空港でも天気は快晴とは言い難かった。でも飛行機が離陸して雲の上に出るとそこには青空が広がっていた。恨めしい気持ちを少し胸に抱きつつ、頭の中では次はいつにしようかと考える。

 地元に籠もるのも良いと思う。地元が一番、素晴らしいことだ。ただ、本当に、本当にありきたりな言い方だけれども世界は広い。日本ですら広い。視野狭窄に陥らない為にも一度外に出てそこで何かを感じられるとそれはそれはとても良い経験になると思う。

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TC-1 G-ROKKOR 28mm F3.5/Lomography Color Negative 100

 「若きの日に旅をせずば、老いての日に何をか語る。」

 気がつくとそこそこ歳を重ねてしまっていた。老いての日に語るあれこれを蓄えなければならない。

 近い内に、また。

 

 

西表島でずっとお世話になっているガイドさん。リーフからGT、インディーズトップウォーターマングローブフィッシングまで全対応。今回もお世話になりました。

www.oneocean.jp

屯門 龍鼓灘でエクタクローム

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Summicron 50mm F2.0/E100

 


龍鼓灘

香港は主に九龍半島香港島で構成される。一般的に観光で良く行かれる所謂"香港"は九龍半島南部から香港島にかけて。香港ももう5回目の渡航だったので、九龍半島北部の新界と呼ばれるエリアに足を伸ばしてみた。

龍鼓灘という場所はこちらの方のブログで知った。行き方等も大いに参考にさせて頂いた。

kouhei-elmundo.com

香港まで

香港までのアクセスは毎度の香港エクスプレス。LCCも一時期に比べ、最近はあまり条件の良いセールがない中、ここの航空会社は大体いつもセールをやっている。単純な料金のみだと、メガセール期の予約が一番費用を抑えられるのだけども、大概便利な時間帯の便は最安値となっていない為、名物の片道10円セールで条件の良いフライトを予約するのがここ最近の定番コース。

香港はアジア圏の旅行でも宿代が高い。そもそも家賃が非常に高い。これは仕方がない。狭いから。大体一人旅の時は安宿バックパッカースタイルだけども、それでも混合ドミトリーを避けてシングルルームとなると4,000円/泊ぐらいは見ておかなくてはならない。

泊数を抑えたいので良く使うのが羽田深夜発、香港早朝着のUO33便。機内で爆睡できれば初日をフルに使えるので非常にありがたい。香港空港から市内までは早朝からバンバン何かしらのアクセス手段があるので朝早くに着いても移動に困ることはまずない。

龍鼓灘へ

訪れたのは11月下旬。この日の香港の日没時間は17:30頃。アクセスは上記のブログを参考にさせて頂いた。2018年11月の時点でもこの通りだった。

宿は旺角だったので、荃湾線-西鉄線を乗り継いで屯門へ。香港のMTRは本数も多いし乗り換え駅も多く非常に使い勝手が良い。西鉄線に乗ってからは地上に出てどんどん北上していく。途中、車窓から深圳方面のビル群が見えた。ずいぶんと果てまだ来てしまったなぁという印象。地図上だと市内からはかなり離れた印象を受けるものの、実際には40分ほどで終点の屯門に着いた。

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X100F

手前右手ではなく奥に霞んで見えるのが恐らく深圳側なんだろう。この日の撮影機材はM5にsummicron 50mm F2.0。デジカメはX100Fを持っていっていた。完全に余談になってしまうけれど、龍鼓灘で使ったKodakの復刻Ektachromeは午前中に行っていた香港ディズニーランド内で装填した。香港ディズニー内でLeicaにEktachrome巻いた人、自分が世界初だったりして。相当どうでも良い話だけども。

屯門から

屯門駅のバスターミナルからK52系統のバスに乗り込む。龍鼓灘は終点。海外のバスで特に非英語圏だと地名のアナウンスをされても降り過ごすかがいつも心配なんだけど、終点なので安心。道路標識にも龍鼓灘の文字が随所に出てくるのでより安心する。時間があれば屯門も散策したいところだった。観光地という感じではないけど、路面電車も走っていて中々面白そうなところだった。

 

 

 

 

2階建てバスから見下ろす市内が面白い。クルマドが捗る。

到着後

1時間かからないぐらいで終点の龍鼓灘へ。平日ということもあり降りる人はまばら。バス停が小さいロータリーになっていて、降りると目の前が海岸。道路を一本渡ればすぐだ。

ここ龍鼓灘は一応夕陽の名所という感じらしい。ただ、何人かいる人達は地元系のカメラを持った方や近くのBBQ場に来ていた学生さん、犬の散歩のご近所さん、カップルなんかが多かった。外人の観光客が多い場所、というわけではなさそう。見通しも良いし人もいないということはないので治安の面でもほとんど不安はないかと思う。

 

日没はまだだったけど既に空は良い色に染まっていた。X100Fの写真はVelviaの撮って出し。少しビビットかな、とは思うけども雰囲気は出てる。

 

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Summicron 50mm F2.0/E100

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Summicron 50mm F2.0/E100

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Summicron 50mm F2.0/E100

綺麗に日没。

日本海側の夕陽でもそうなんだけども、落ちかけの太陽が沈んでいくスピードの速さに毎回毎回驚く。太陽が新鮮な卵の黄身みたいでとても綺麗でセンチメンタル。

以下はX100FでのVelvia

帰路

同じ道を辿って市内に戻る。龍鼓灘からのバスは18時を過ぎても15分スパンぐらいで出ているので心強い。途中、港湾労働者と思しき人達が沢山乗ってくるバス停があった。広東語ではなかった気がする。顔つきからして大陸の人達や東南アジア系の人達も多いのかな。

復刻Ektachromeについて

廃盤前のEktachromeは使ったことがなかった。過去に使ったことがあったポジはPROVIAVelvia。印象としてはフジの2者よりも緑系の発色が独特だった。B&Hで輸入しても一本1,000円強、国内だと2,000円弱するフィルムなので、おいそれと使うことはできないけれども、機会があればまた使ってみたいと思うフィルムだった。

出発前、フィルムカメラをM3にするかM5にするかで迷っていた。取り回しは圧倒的にM3なんだけれども、ポジを使う際に一々単体露出計を使うのも面倒だったので結局M5にした。幸運にも自分のM5はまだ露出計が正確に動いてくれているのでこういう時すごく助かる。ネガなら明るいところと暗いところで露出を確認して、そこから相対的に撮ってしまうんだけど、さすがにポジでそれをやるのは少し怖かった。結果的に概ね適正露出の写真が撮れたので満足。冒頭に上げた写真がとても気に入っているので、こちらはダイレクトプリントしてみようと思う。

終わりに

大体、いつも香港に行く時の目的は香港ディズニーと九龍市内のスナップ。今回は思い切って新界の方へ足を伸ばしてみたけど良い経験ができた。インスタ映えスポットで有名な香港だけど、普通に街歩きをしてるだけで十分楽しめる。

漢字圏かつ英語表記も多い街なので、海外旅行にあまり行ったことがない人でもそんなに困ることはないと思うし、何より地域全体のアクセスが非常に良いでのオススメです。次回は大澳、離島近辺にも行ってみたいな。

過去の渡航で撮りためた写真が沢山あるので、それらもそのうちブログにアップしてみたいと思う。

香港、良いとこです。

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Summicron 50mm F2.0/E100