ニュー・ミヤケ・パラダイス

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日本で一番ブラックバスが釣れる場所はどこか。皆さんだったらどう答えるだろうか。琵琶湖と答える人もいるだろうし、写真すら隠したくなるような秘密の場所を思い浮かべる人もいるだろう。

そもそもバスが沢山釣れる釣り場とはどういう状態の場所のことを言うのか。裏を返せばどういう状態になってしまうと釣れない釣り場となってしまうのか。この点、私はおおまかに2つの類型があると思っている。

1.個体数が豊富

2.極端に餌が少ない

上記2の場合は一見すると内水面での魚釣りには不向きなようにも思える。しかし、それまでブラックバスが生息していた場所で何らかの事由が生じ突然極端に餌が減った場合、当然魚は飢餓状態となり水中へ投じられるルアーなり餌なりフライなりに貪欲に反応することになるだろう。よって、結果的に釣り人から見れば「釣れる」状態となり得ることが考えられる。私自身の体験としても、古くからバスが釣れるダム湖にて、工事の為9割近くの水が抜かれ元の水準まで水位が復帰した後に驚くほどバスが良く釣れたことが過去にあった。この場合では生き残ったバスが飢餓状態となり、警戒心をかなぐり捨ててでも水中に投じられた何らかに対し捕食行動をとったのだろう。ただし、この場合その場所が永らく「釣れる」場所であることを維持することは難しい。元来バスはそれなりに警戒心が強い魚であるから、そんな魚が警戒心をかなぐり捨ててでも採餌行動をとることはその行動自体にかなりの肉体的な負荷がかかることは容易に想像できる。そしてその結果捕食できたものが釣り人の仕掛けであった場合リリース後にその魚が辿るであろう結末は言わずもがなである。結果、慢性的に餌の少ない状況が続いた場合、魚は飢え、個体数も減る一方となるだろう。

となるとやはり安定的に「釣れる」場所である為には、1.個体数が豊富であることが求められるはずだ。これはもちろん主にバスの絶対数が多いということを示すが、個体数に対する釣り人の数が少ない、ということとも同義である。例えば琵琶湖は全国どこのフィールドよりも釣り人の数が多い場所だが、ここ数十年安定して比較的釣れる場所としての地位を維持している。逆に小規模な溜池などバスの個体数が大型湖と比べると著しく少ない場所でも、そこを訪れる釣り人の数が極端に少なければ釣れる場所となり得るだろう。しかしそのような場所に仮に琵琶湖と同じ数の釣り人が訪れたら一瞬で釣れない場所へと変貌してしまうことは想像に難くない。ルアー釣りは餌釣りに比べ、魚に対する刺激が大きい釣りである。その為、ルアーを見慣れていない魚に対してはその効果は覿面であるが、その刺激の強さ故に飽きられてしまう(=スレる)のも早い。

よって、結論として最もブラックバスが釣れる釣り場というのは、フィールド比の個体数が豊富であり、フィールド比で釣り人の数が極端に少ない場所となる。だがしかし、そんなパラダイスのような場所がこの時代にあるのだろうか。交通網も発達し、釣り人の絶対数も増え、SNS等で情報も仕入れやすくなったこの時代に。根本的に頭のおかしい釣り人という人種ですらそうそうたどり着けないような場所にある内水面が…あるんだな~、これが。

 

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3月19日、時刻は21時。私はウェーダーの入ったクソ重スーツケースとロッドケースを持って東京都は竹芝桟橋にいた。この近辺はシーバスのメッカでもあるが今回この場所を訪れた目的は釣りではなく乗船である。これから私は同日22時30分発の東海汽船運航の橘丸3400便にて東京都へと向かう。約6時間30分の船旅である。出発地は東京都港区。目的地は東京都三宅村

初めて三宅島を訪れたのは3年前の秋であった。当時、旅ジャンキーだった友人が突然調布飛行場を利用したいと言い出したのだ。普通の人の思考回路は、あくまでも旅が目的であって移動は手段である。しかし、私も含めたこの種の旅ジャンキーは移動手段そのものが旅の目的となることもしばしばであった。調布飛行場に就航している定期便は新中央航空が運航する伊豆諸島便であることから、調布飛行場を利用するとなると必然的に目的地は伊豆諸島のどこかとなる。元々そこまで行きたい場所もなかったし、調布飛行場を利用することにもあまりそそられるものはなかったのだが、就航便の機材がDornier Do 228だと分かるなり私は話に飛びついた。ドルニエ機なんてそうそう乗れるものではない。というか日本で飛んでたんだ…驚きと同時に、大戦期のDornier Do 335好きとしては断る理由はなかった。問題は目的地である。フライト時間を考えるとせっかくなので伊豆大島より南へ行きたい。かと言って神津島御蔵島等は滞在のレギュレーションを考えると色々と面倒くさい。せっかくだから離島で釣りもしたいな、色々と考えながらGoogleと仲良くしていると「三宅島 バス釣り」という興味深いサジェストが目に入った。伊豆諸島の中でも三宅島は比較的名前が良く知られた場所だと思う。そして恐らくそれは2000年に起きた雄山の噴火、全島避難、そして2005年の住民復帰などをニュースで目にすることが多かったからだろう。三宅島は東京都から約175km、伊豆諸島の中で最も本州に近い伊豆大島からでも南57kmに位置する立派な離島である。そんな大海原ど真ん中の島に何故ブラックバスが…?というか釣りできるような淡水あるの…?当然疑問に思った当時の私はあれこれ調べた結果、島最大唯一の淡水池である大路池という場所にブラックバスがいて、それはそれはこの世の天国のように爆釣爆釣&爆釣であるという伝説を知った。当然釣り場に関する理想郷伝説なんて120%割引で考えるべきであるが、更に詳しく調べてみると、ここに生息するブラックバスは既に1970年代には繁殖していたこと、わざわざ島に訪れる釣り人は海釣り目的の為ほとんどバス釣り目的の釣り人が入っていないらしいことが分かり伝説の信憑性は-5%程度にまで上昇した。実際、参考にしたブログ等の記事を読んでも、海釣り目的で島を訪れ手慰み程度にバス釣りをしてみたら釣れてしまった、というものがほとんどであった。わざわざ離島まで金と時間をかけて行って野池でバス釣り、というのもあまりにバカバカしかったし純粋に離島のブラックバスという存在も興味深くもあったのでこの時の旅行の目的地はこうして三宅島に決定したのである。そして大路池。季節は11月下旬、爆風吹き荒れる中、同行の友人は釣り経験0。ワームを丸々忘れハードルアーの巻物のみ。こんな状況だったが結果的にはバスが簡単に釣れてしまったのだ。理想郷は実在したのだった。

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この後、今度はちゃんと釣りを目的として三宅島へ行こうと何度か試みたものの、乗船予定日に台風が直撃したり、一人客で泊めてくれる民宿がなかなか見つからなかったり、そもそも経済的に困窮の極みにあったりとなかなかチャンスがないまま、私は東京都民ではなく福島県民となってしまっていた。しかし、今年になってようやく3年越しに大学時代の後輩二人を引き連れ純粋に釣りを目的とした三宅島旅行の機会が巡ってきたのだった。竹芝桟橋ターミナルにて3年前にはまだ就航していなかった伊豆大島行きの三代目さるびあ丸を見送り、定刻通りいざ橘丸へ。相変わらずここの特2等は快適である。不眠症心療内科を受診している私でもすやすや眠れるレベル。出発待合には、コロナ時期だというのに意外と客が多かったことに驚いたが、乗船してみると体感的にはガラガラであった。なんせこの2014年就航の橘丸、5,681tの大型船で船内はさながらアパホテルである。旧海軍の川内型軽巡洋艦や海自のあきづき型護衛艦ぐらいの大きさなのだ。そりゃでけーよ。中には食堂(コロナにより閉鎖中)、清潔なトイレ、自販機、ラウンジ、喫煙所などなどいたれりつくせり言うことなし。こうして翌3月20日早朝、ソルト班1名、私を含めたバス班2名の計3名は三宅島の地を踏んだ。雨は降っていなかったが風は泣きたくなるぐらい強かった。

ソルト班の一人を入港した錆ヶ浜港に放置し、我々バス班は民宿へ行き朝食を食べ準備を整える。大路池は島の南部、坪田地区に位置する。三宅島は島の全周を都道212号線(三宅島一周道路)が通貫しているが、大路池へはその212号線から内陸側へと折れる形で入る。この場所はバードウォッチングの名所でもあるため道路は比較的整備されており、標識に沿って砂利道を下っていくと東屋やトイレ等が整備された池の傍へと降りることができる。その際、結構な下り坂が続き、いざ池に降り立つと周りを山に囲まれている眺めを目にすると思うが、これはこの池が2000年前の噴火による水蒸気爆発にて形成された証左である。現在、三宅島ではこの大路池が唯一の淡水湖であり島の水道水の水源にもなっているが、かつて島内には新澪池という火口湖も存在していた。こちらも大変風光明媚な場所だったそうだが、1983年の噴火によって溶岩が流入し池は消滅してしまい地形でしか往時の面影を偲ぶことはできない。大路池は全周約2kmほど。やや楕円形状で岸際から素直に水深が深くなっていく。池の周囲には遊歩道が整備されているが若干池から遠い場所に道がある部分がほとんどなので、ここで釣りをする場合は南北に存在する桟橋がメインのポイントとなる。前回来た時になんとか池を一周したいと色々と画策していた私は、abemaTVで放映している魚旅という番組のロケで村上晴彦がこの場所でウェーディングをしていたことを見て今回はウェーダーを持参していた。池の周囲はほとんどがシャローなのでウェーディングであれば池の3分の2程度まではカバーできるのではなかろうか。なお、この池の水は日本では珍しい硬水である。なので島の水道水で髪を洗うと少しギスギス感が残るし、水を飲んでみるとエビアンのような感覚である。

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今回気になっていたのは池の中の季節の進行度であった。本州の温暖なエリアならば3月下旬はいわゆるプリスポーン時期である。伊豆諸島は黒潮の影響により本州よりは温暖であるとは言え、緯度だけでみると紀伊半島南端よりも全然北、強いて言えば三重付近に位置する場所なので池の状況がどうなっているのかが懸案事項であった。 少なくともシャローを目視した範囲ではネストらしきものも存在しない(後にウェーディング中に大量のギルネストを発見することになるが)。早すぎる季節進行で既にバスがアフターの状態になっていたり、逆にそこまで水温が上がりきらず魚の活性がまだ低いことをこの時はとにかく心配していた。とは言え、何はともあれ第一投である。池自体が地形的に窪んでる場所にあるとは言え吹き付ける風は強かったが、とりあえず自身数年ぶりの使用となるスモラバを葦際に投げ込む。最近はYou Tube用の動画制作に凝っていて、この日ももちろんカメラを回していた。ルアーが着水し、ベールを返しながら「あー、どの辺で撮れ高稼ごうかな ってか大路池第一投目ですってセリフ入れなきゃなー」なんてことを考えているとバスが釣れた。35cmぐらいの太った立派な魚である。一瞬で釣れた。同行者は狂喜乱舞している。その後、ソルト班も合流して数時間釣りをしてみると本当に面白いように釣れた。しかも大体サイズが40cm前後でコンディションも良い。まさにプリスポーンといった立派な魚体がほとんどだった。最初こそ調査用に持ってきていたワーム類で釣りをしていたがせっかくなので普段使わない色々なハードルアーを試した。マンズのワンマイナス、バンディットのフットルースメガバスグリフォン。なんでも釣れた。これだけ釣れるとごきげんさんである。サイズこそ50cmオーバーは出なかったが、本当にどの魚も体型が良かった。前回11月に訪れた際はどのバスもガリガリだったので餌が欠乏しているのではと心配だったがどうやら杞憂だったようだ。メインベイトは恐らくブルーギルだろう。明治期にはワカサギや鯉の放流も行われていたようだがどちらも上手く定着できなかったらしい。鯉に関してはバカデカイサイズの個体を数匹見かけたが。

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2日目。初日である程度満足することができたので2日目は朝夕とトップのみで釣りをしてみる。未明から降り注いだ雨の影響で池の水温が急低下しており、見るからに魚のレンジも下がってしまっていて風もより強くなっていたことから状況は良くなかったが、この日も岸際のレイダウン絡みで良い魚を釣ることができた。ルアーはローカルの反りトンボ。貴重な貴重な東京都トップウォーターフィッシュである。そう、ここはあくまでも東京都なのだ。都内某所なのだ。なお、バス班の同行者は特段バス釣りの特定宗教に入信していない健全な釣り人だったのでこの日もワームの釣りでボコスカ釣っていた。しかし、前述の通り水温が下がったことで前日よりは沖目の深いところが良かったらしい。アベレージ35cm程の良く引く魚を釣っては逃し釣っては逃ししながら「ヤッパブレパイッス!ブレパイッス!!」等と謎の言語を連呼してはしゃいでいた。

3日目。朝から錆ヶ浜港でジギング。青物にはまだ早い時期だったが、御蔵島近辺にクジラが接近してきた影響もあってか近辺にサバが大量発生しており結果アレルギーになるほど釣れた。あまりにも釣れるので途中からアシストフックを一本組にしてバーブレスにしたがそれでも釣れた。ただひたすら釣れた。その後、最後に少しだけ大路池に戻り釣りをして、宿の方に港まで送ってもらい、昼発の橘丸竹芝桟橋行きに乗船し帰路へとついた。

 

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冒頭の質問に対する私の回答は、現状、三宅島の大路池となるだろう。バスが存在しているだけでなく数世代に渡って繁殖していて、かつテレビ番組のロケでバスプロが場所の名前を出して訪れていて、にも関わらず釣り人の数と魚の個体数のバランスが保たれているというパラダイスがそこにはあった。しかし、一体誰がこの場所にブラックバスを持ち込んだのだろうか。ご存知の通り、日本に初めてブラックバスが持ち込まれたのは1925年でその場所は芦ノ湖だったが、ルアーフィッシングの対象魚としてブームとなっていくのは1970年代である。70年代に入ってようやく芦ノ湖や相模湖でルアーフィッシング黎明期がスタートする中、ここ大路池には1978年の時点で50cmオーバーのバスが存在するという雑誌記事が掲載されていたこともあったらしい。バスの各地への放流は恐らく70年代前半から加速していたものと思われるので、その時期に何者かがこの絶海の孤島へ生きた個体を相当数持って訪れたのであろうか。凄い根性である。ある程度バス釣りをしてる人なら分かることだが、バスはその生息場所によって姿かたちが微妙に変わっている。琵琶湖のようなフロリダとノーザンの混血が存在する場所のバスと野池のバスでは明らかに顔が異なり、また野池同士であってもベイトや水質によって変化がある。河口湖の養殖された放流バスなど同じ魚とは思えないぐらい呑気な間の抜けた顔をしている。その点、大路池のブラックバスはどの魚もカッコよかった。20年前、自分がバス釣りを始めた時に憧れた所謂ブロンズバックというイメージにピッタリだった。本州の様々な場所で様々なバスが混血を繰り返す中、絶海の孤島のこの地においては日本でのバスフィッシング黎明期の、引いては赤星鉄馬が芦ノ湖へと持ち込んだバスのDNAが色濃く残っているのだろうか。

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三宅島の中心には雄山が存在し、約20年周期で噴火活動をしている。1983年噴火では阿古地区の一部が溶岩に飲み込まれ新澪池が消滅し、2000年の噴火では火砕流が発生し火山ガスの影響によって全島避難という被害が発生した。もちろん雄山は未だに活火山であるから、今後近いうちにまた大きな火山災害が起きる可能性は非常に高い。そして、それをきっかけに島内の生物相に大きな影響が及ぶことも十分考えられる。なんなら噴火により大路池も消滅してしまうかもしれない。仮にこの場所にバスが持ち込まれたのが1983年噴火以前だとしたら、ここのバスは2回も大規模噴火を経験していることになる。こんなハードなフィールド、他には中々ないだろう。

絶海の孤島の火山湖のバス、なかなかロマンのある響きではないだろうか。是非また近々この場所を訪れてみたいものである。

いつまでも、あると思うな、パラダイス。

 

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写真

RICOH/GRⅡ

FUJIFILM/X100V

 

今回お世話になった宿

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参考

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note.com

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